田沼町

清水城(興聖寺城・田沼町吉水) 

 清水城は興聖寺の境内となっているので、興聖寺城とも呼ばれている。吉水の県道16号線沿いに興聖寺があるが、寺院の入口は東側の路地沿いにある。したがって寺院に入るには県道16号線と並行して走る東側の道から行けばよい。

 寺院の周囲には堀の跡と、高さ2mほどの土塁がぐるりと取り巻いている。方110mほどある。もともとは北二の丸、南二の丸、三の丸などもあったと言われているが、現状では本丸跡と思われるこの方形の郭跡しか認められない。

 清水城の起源は明らかではないが、鎌倉時代に佐野氏によって築かれたのではないかといわれてる。大永元年(1521)には、佐野左近将監季綱が清水城主となっていたが、彼自身はここを居城とはせずに、家臣の田沼・中江川・河田・天沼・清水・今宮氏らが交代で在番していたという。











 興聖寺の山門を郭内側から見た所。土塀によって枡形が築かれているのが面白い。城の遺構がこのままの形態であったのかどうかは明らかではないが、ここに限らず中世城館にはこのような枡形を持っていたものが多いのではないだろうか。往時の城門付近の風景を連想できるというだけでも貴重なもののように思われる。













 寺院の北東側の堀の跡。土を大分入れられてしまったようで、かなり浅くなっている。しかし、幅は6mほどあり、その形状からして水堀であったことは間違いないだろう。












  

























大竹屋旅館

Ads by TOK2