Lavender





 ……そうして突然、視界が開けた。
「……う……わぁ……。」
 なんともいえないその光景に、あたしは思わず声を上げる。
 ……すごい。
 すごすぎる。
「すっげぇなぁ……。」
 そしてガウリイも、また同じく声を上げたようだった。
 ……無理は、ないだろう。
 あたし達も色々な所を旅してきたが、こんな場所に出会ったのは、はじめなのである。
 ――やわらかで穏やかな日差しをよく浴び、その元で輝くのは『紫色のカーペット』。
 しかし実際、わかっているとは思うが、これはカーペットなどではない。
 あたしはそれを見た瞬間、ある書物に載っていた花の名前を思い出す。
「――ラベンダー……。」
 名前は、自然と口をついて出た。
 ……そう。
 一面に咲き乱れるのは、『ラベンダー』と言う種の、紫色の花々――。
 深呼吸をすれば、空気と共に、それの香りが伝わってくる。
 どうやら昔から、安眠を促したり、リラックス効果で使用されてきた香りらしいのだが、実際に嗅いだことはなかったのだが――
 しかし、なんというかこう……この香りを一杯に吸い込むと、確かにそれが、わかるような気がする。
 ……良い、香り。
 どこかそれは、心の中を安定させてくれるような気がする。
「しかし、すごいわよね……これ。
 まさか森の中にこんな場所があるなんて……。」
「あぁ、オレもびっくりだよ……。」
 二人でしばし、呆然と立ちすくむ……。


 
 ことの発端は、良くあることだった。
 あたしたちは、受けた依頼を果たすために、この先にあるとある街へと向かっていた。
 旅路が順調であれば、あと1、2時間で向こうへと付くはずだった。
 しかし……。
 花々が咲き乱れ、自然のままの木々に囲まれたこの森には、その自然を守るためか何だかしらないが、道一つないのだ。
 前に出発した街で、確かにこの森の地図はもらった。
 もらったのは良いが――迷った。見事に迷った。
 予想以上に道は複雑。
 そうしていつの間にか、地図と進んでいる道は照らし合わない。
 ついには方角さえもわからなくなり、多分奥へ進んでいたのだろう。
 段々と生えている植物の色が元気になり、緑色が濃くなり、ついには日の光さえ入ってこなくなった。
 仕方無しに浮遊(レビテーション)で方角を確認しようとした矢先――
 視界が、開けた。
 目の前にあったのは一面の紫色。
 そこだけ妙に木の本数も少なく、日の光が眩しく輝いている……。

 ……おまけに。
 耳を澄ませば聞こえてくる。
 これは――
「水の音、だな。」
 あたしの考えにあったことを、ガウリイがそのまま口にした。



「今日はここで、野宿にしよう。」
「ん……そだね……。」

 水さえあれば、食料は……まぁ、無いことも無い。
 きっと森の中を捜索すれば、木の実だとかも出てくるだろう。
 いざとなったら、携帯食料もある……まずいけど。



 ――日はまだ、落ちていない――
 だがしかし、何故かこの花があたしたちを『引き止めている』――そんな気がした。






 ……ラベンダーの中に数歩足を踏み入れると、すぐ先に流れる川が見えた。
 先ほど確認してきたが、水も美しく、美味しかった。
 まるでそれは、自然本来の姿。
 あたしもガウリイも、思わず感嘆の声をあげたほどだった。
 ――こんな場所が、まだあったなんて――
 あたしは一人、ラベンダーの中に身をおきながら、ふとそんなことを考えていた。
 ガウリイは今、川の方でなにやらやっているようだ。
 といっても、すぐ近いのだけれど……。
 環境が良いのか、花の長さはあたしの腰ほどまでにあり、花もなかなか大きくついている。
 ……見上げれば。空が、蒼い。
 まるでアイツの瞳みたい。
 深くて、広くて、大きくて、まるで包み込んでくれるかのようで……近いようで、届かない。
 ……。
 ――あたしはそんな空を、もっとずっと見てみたくって。
 思わず、その場に仰向けに寝転んだ。
 ……気持ち良い……。
 風が運ぶ、この花の香りに、明るく照る太陽。
 蒼い空、聞こえてくる川の流れ。
 暖かい大地。
 それは全て、自然そのもの――



「……疲れたのか?」
 不意に、声がかけられる。
 あたしは閉じていた瞳を、ゆっくりと開いた。
 空の変わりにあたしの瞳に入ってきたのは、蒼い瞳。
 美しい金の糸。
 長くて、さらさらで、太陽の光に照らされて……風になびく様子が、また、美しさを一層煽り立てている。
 ……男の癖に……なんでこんなに綺麗なのよ……。
 あたしは知らずのうちに、手を伸ばしてその髪を掴もうとする。
「……きれー……。」
 なおも知らずのうちに漏れる言葉。
 あたしはその言葉にはっとし、自分でも驚くものの……それだけに、とどめておく。
 今はこの『気持ちよさ』を、充分に満喫しておきたい――
 ……ガウリイが一瞬、驚いたように瞳を開く。
 が、すぐに穏やかな微笑を浮かべると、
「……ゆっくり、しようか。」
 しゃがみ、あたしが高く伸ばした腕を元の位置に戻してくれて。
 それからガウリイは、そっと、あたしの隣に寝転がった。


「……眠い……。」
 あたしはポツリと、一言。
「なんかさ、疲れちゃった――。」
 空を見つめながら、言う。
 もう早いもので、日も落ち始めている……そんな、時間。
 いつもならまだ、元気に歩いて、食堂を探している頃なんだけど――。
 なんだろう、この眠たさは……?
「……この花の香りをかいだら、余計眠たくなったんだろ?」
「んー……。」
 曖昧な返事を返す。
 言われてみれば、確かにソウかも。
 なんだか、この良い香りに包まれると、眠りへと誘われそうで――
 ……花……?
 そーいえば、この花は――
「……答えを、下さい――」
「……え?」
 あたしの言葉に、ガウリイが疑問の声をもらす。
 ……。
「この花の花言葉よ。
 答えを下さい、って……。」
「……そっ……か……。」
「うん、そー。」
 どこかで聞いたことがあるような気がした。
 ……花言葉なんて乙女チックなことは、柄じゃないかもしれないけど……。
「どこかで聞いたわ……答えを下さい、だなんてね……なんか……。」
 今のあたしの心境を、素晴らしく率直に表したような言葉ね――
 言葉の後半は飲み込んで。
 あたしはふと、ガウリイのほうに体を向けた。
 
 ――彼は、空を見ていた。
 もうじき暗くなるだろう、空を。
 ずっと、まっすぐに。
 静かな眼差しで――。

 ……あたしもそんな優しい眼差しで、見てくれているのかな?
 ふと、頭の中に疑問が掠める。

「……花言葉、な……。
 ――ん?」
 ……あたしの視線に気づいたのか、ガウリイがこちらを見る。
 ……。
 慌ててあたしが視線をそらすと、
「……疲れてるんだろ?
 見張っててやるから。ゆっくり、寝たらどうだ?」
 優しい声が、降ってきた。

 ――いつの間にか、まどろむ。
 その優しい声と、優しい花の香りの中で――










 夢の淵で、薄っすらと『想う』あたしがいる。
『ねぇ、あんたはあたしのこと、子供としてしか見てくれていないの?
 それとも……。
 ……答えがほしいと思ってたよ。
 前から、ずっと――』
 そう、どのくらい前からだっただろうか?
 ずっとずっと、答えを求めていたのは――





 ……ん……?
 重いまぶたを、ゆっくりと開く。
 いつの間にか外されている甲冑に、ふわりとかけられた自分のマント。
 ……これは……ガウリイがやってくれたのかな……?
 思いながら、身を起こす。
 
「おっ、起きたのか?」
「んー……うん。」
 なにやらやっていたガウリイが振り向き、こちらに近づいてくる。
 目をこすり、一つ大きく伸びをして。
 あたしはマントを羽織、立ち上がった。
「おはよ、ガウリイ。」
「はい、おはよ。」
 言って優しく、片手であたしの頭をわしわしと撫でる。
 いつもなら『子ども扱いしないで』と文句を言うところだけど。
 今は、そんな気が起こらなかった。
 今日は、不思議。
 まるで、あたしがあたしじゃ、ないみたい――
 あたしは上を向き、ガウリイの優しい笑顔を見ていた。


 ……どうしてこんなに、月明かりが綺麗なのだろうか。
 空に浮かぶのは、満天の星空。
 ぽっかりと一つ、月。
 照らされたラベンダーが風にそよぎ、歌い、光に照らされる。
 本当に小さな光ばかりだけど、それがかえって世界を綺麗に見せていて……。
 
「リナ。」

 小さく、名前を呼ばれた。

「なぁに?」

 まだ寝ぼける頭の中で、うつつに答える。
 そうして彼は、笑みを一層深くし、後ろにあったもう片方の手を、あたしの目の前に差し出した……ん……?
「やるよ、これ。」
「……へ?」
 その手に握られていたのは、小さなラベンダーの花束。
 ご丁寧にも、リボンの変りに長い茎を使い、それを編み、そうして花を一つにまとめている。
 きよーなんだなー……じゃない。
「……なんで?」
 あたしはそれを受け取りつつも、ガウリイに問い掛ける。
 この場に一杯咲いてるのよ?
 それをあえて、こんな風にしてプレゼントする必要なんて……ないじゃない。

 そして返って来たのは、意外な答えだった。

「答えがほしいからに決まってるだろ?」

 ……答え?

 あたしは受け取った花束を、目の前に持ってくると小さく息を吸う。
 この辺一帯に香る香りが、なおさら強く感じられ、目を細める。
 ……なんて、良い香りなのだろう。
 今更ながらに、思う。

「なぁ、リナ。」
「なに?」
 あたしは再び顔を上げ、ガウリイを見た。
 ……。
 そこに居たのは、先ほどまでと同じ表情で微笑んでいる彼……ではなかった。
 微笑は変らない。
 変らないが、どこか真剣な感じを受けた。
「……なぁ。」
「……なによ。」
 肌寒さに、そろそろ完全に目がさめようとする中。
 次に、ガウリイは言った。

「愛してるって言いたかったんだ。
 だから、答えをくれないか?」

 ――はい?
 今何って言った?
 コイツは。

 ……。

「がががががっ……ガウリイっ!」
「ん?」
 驚き、ガウリイから遠ざかるあたしに、彼はその場で微笑みながら、
「言っとくけど、冗談じゃないからな。」
 どー聞いても余裕しゃくしゃくな声で、
「答えてくれるだろ?リナ。」
「――なっ……!」

 声に、ならない。
 これは、現実?
 それとも、悪い夢?
 だって、ガウリイがこんな気の効いた演出、できると思う?
 いや、それ以前に、アイツがあたしのこと……そ、その……あぃしてる……だ、なんて……。

「言ってくけど、夢じゃないからな。」
「なっ……なんであんたはあたしが考えていることを……!」
「いやぁ、もう付き合いも長いからなー。」
 のほほーんと言い放ち、彼はあたしの方へと歩みを進める。
「そんな、逃げることないだろ?」
「逃げて、なんかっ――!」
 あっという間に詰まる距離。
 立ち止まり、まっすぐにガウリイを見つめるあたしをさらにまっすぐ見つめる、ガウリイ。
 一見いつもどおり、のほほーんとしているように見えるが、あたしにはわかる。
 ――本気、なんだ。

「嫌いか?オレのこと。」
「嫌いなんかじゃ――」
「じゃあ、好きなんだろ?」
「……そ、それは……そのぉ……。」
 無意識のうちに、もらった花束を両手で握り締める。
 もういつの間にか目の前に迫ったガウリイに、
「別に……そんな……。」
 俯き、曖昧な答えを返す。
 ――本当は。
 好きで好きでしょうがない。きっと、愛してるんだと思う。
 彼のことを、心からずっと。
 しかし、正面切って気持ちを伝えなければならないとなると、どうしても……恥ずかしい。
 彼は、本気だ。
 しかし、それがもし、カラカイだったらどうしよう、などとも思ってしまう。
 今でも、これが現実だと信じられない自分もいる。
 いつもいつも子ども扱いされて、いつも『大人』に恋をしてしまった自分が、嫌で嫌でしょうがなかったから。
 ……その場合、一人で舞い上がっていたあたしがただの馬鹿になる。
 そう、『もしも』がないわけではないのだ。『もしも』が……。


「……オレは、本気。」


 呟きが聞こえたかと思うと、急に見えているものが、変った。
 身体に体温が伝わり、あったかいガウリイの匂いがする。
 背中に腕が回されたのを感じた瞬間、あたしは彼の腕の中に……居た。

 思わずはたりと、花束を取り落とす。
「だからさ、返事くれないか?」
 身体を通して、直接伝わってくる――声。
 戸惑いを、隠せない。
 心臓がばくばく言ってる。

 ――今あたしは、愛しい男の人の腕の中に居るんだ――

 実感はない。
 信じれらなさすぎる。
 しかし……これが現実だということもまた本当。

「あたしは――」

 呟くのが、精一杯。
 その彼の心臓の音が聞こえ、胸が呼吸で上下するのがわかる。
 まわされた腕、広い胸。
 さらさらとした金髪が肩にかかり、そうしてあたしは、この夢のような光景を現実だと確かめるべく。
 ガウリイの背に、そっと腕を回した。
 ……夢であったらきっと、こんな良いところで目がさめるんだろうな、と内心思いつつ。
 しかし醒める事の無いこれは、夢では……ないようだった。

「あたしも――」

 うん、言ってしまおう。
 ここで言わなければ、もう後は無いかも知れないんだから。

「好き。ガウリイのことが、好き――」





 ………………。





 しばしの、静寂の後。
 お互いの顔を見合わせて、そのまま声を上げて、笑いあう。
 なんだか、可笑しかった。
 馬鹿みたいに真面目になって、『好きだ』『愛してる』だなんて呟き合うなんて、誰が思ったことだろう。
 いつも、当たり前のように隣に連れ添っている連れに向けて。
 突然改まって、シリアス風味にこんなことを――

「ほんっと、馬鹿みたい……あたしたち。」
「そうだなー、ほんっとうにヘンだよなー……オレ達。」

 顔を見合わせ、再び笑いあい、そのまま同時に仰向けにねころがる。
 ……良い、夜……。
 笑い疲れてもなお、くすくすと笑い続けるあたしたち。
 今まで、これまでにも悩みに悩んでいたのに、この一瞬でけりがついてしまった。
 今までの悩んでた期間って、一体なんだったんだろーか。
 お互い、いつも二人で居たのに、お互いを分かっていない部分があったんだね……。
 ……世の中って、わかんないや。
 ほんっと。

 なんだか、心の奥底にあったものが、単純だけど、晴れていくみたい。
 本当の意味で打ち解けあうことって、こんなに良いことだったっけ……?


 そよそよと、目の上でラベンダーが風にそよぐ。
 そのもっと上に浮かぶのは、丸い月と、小さな星々。
 隣には、ガウリイがいて……。
 こんなに、静かな時――
 幸せ。


「……ずっと、一緒に居ような。」
「……そー……だね……。」


 そよぐ風の音を聞いて。
 流れ来る水の音を聞きながら。

 ……良い香りに、包まれて……。

 月の光のもと。
 あたしはガウリイの声で、気持ち良いまどろみへと、誘われていった……。



 ずっと、一緒に居られると良いね。






 くれた答えに、返す答え。
 そうして通じ合う、お互いの心――





 ――もう、離さないからな――

 

 

 

 

〜Please give me your answer.〜

 

 


感想v

うわーーーー!!
ガウリナvな小説、嬉しいです〜〜♪♪
読んでいて場面が浮かんできますよv v

ヒットは「がががががっ……ガウリイっ!」ですか(^o^)
とってもリナらしいですv
その辺りのガウリイ…カッコ良い……(うっとり)
いつもながら羨ましいです…リナ…。

☆☆ほんっっとに素敵vな小説、ありがとうございました☆☆

 

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